人気ブログランキング |
九州旅行9日目 長崎 外海地区 黒崎教会 枯松神社
 雨の長崎市内を後に、西側にずっと海が見える「サンセットロード」を進み、外海へ向かいました。
これからは、世界文化遺産に登録された潜伏キリシタンにまつわる教会などを見て回るのが目的のひとつです。
カトリック黒崎教会はすぐに見つけることが出来ました。
この建物は、信者の方が一つ一つ積み上げた赤いレンガで出来ていて、とても美しい教会でした。
枯松神社はキリシタン神社です。森の中にひっそりと建っていました。
潜伏キリシタン達が、神社にカモフラージュして神父の墓を守った聖地なのだそうです。
(likebirds妻)








写真をクリックして拡大画像をご覧ください






黒崎の小高い丘に黒崎教会は建っていました
a0052080_18211442.jpg







カトリック黒崎教会
a0052080_21161369.jpg







大野集落の潜伏キリシタンが密かに祈りをささげた枯松神社
a0052080_18250706.jpg







枯松神社は遠藤周作「沈黙」の舞台でもあるそうです
a0052080_21173945.jpg







海沿いの遠藤周作文学館
a0052080_20193922.jpg






 長崎の街を出て、私たちは対岸に五島列島をのぞむ外海(そとめ)へ向かいました。外海は字の通り
外海の角力灘に面した風と波に洗われるような急斜面の海岸線でした。
 海岸線を車で走ると、黒崎の小高い丘の上にカトリック黒崎教会が見えました。車で急坂を登って行く
と立派なレンガ造りの教会に着きました。1920年にド・ロ神父の指導で作られたそうです。
 教会の敷地に入ると誰も居ませんでした。ですから中を見ることなく、外から見えるステンドグラスを
見て引き返しました。
 黒崎教会のすぐそばには枯松神社があり、そこを目指しました。雨は止みましたが、霧がかかって濡れ
た石の敷かれた道をしばらく登って行くと小さな祠がありました。
 枯松神社にはサン・ジワン神父が祭られていて墓跡もあります。サン・ジワン神父は海の見える丘に葬
られることを遺言したそうです。
 サン・ジワン神父の弟子である日本人伝道師のバスチャンは海岸の洞窟や山の中に隠れながら外海地区
の布教に勤め、最終的には捕まって3年間で78回の拷問に耐えて後に斬首の刑に処せられたそうです。
 黒崎の潜伏キリシタンは今場所に密かに集まり大きな岩の陰で祈り(オラショ)を捧げていたそうです。
 今でも毎年11月3日に信者が集まりサン・ジワン枯松神社祭りが行われるとのことです。
 この場所にも私たち以外は誰も居ませんでした。キリスト教徒ではない自分たちはここでどうして良い
のかわかりませんでしたが、厳粛な気持ちにはなりました。
 枯松神社の曲がりくねった細い坂道を下り、車に戻ってからあらためて黒崎教会を見上げるとひときわ
凛と立っているように見えました。 (likebirds夫)

by likebirds | 2019-06-13 21:48 | 九州旅行 | Comments(2)
Commented by youshow882hh at 2019-06-14 02:03
こんばんは。ゆーしょーです。
下へ車を置き、歩いて枯松神社まで行ったのですね。
私は初めて聞く神社ですが、あらかじめ何かの本で
調べておいたのでしょうか。
一般の観光客は行かないところですよね。
そしてここ外海は、外海と書いて 「そとめ」 と読むのですね。
地名はほんとにややこしいです。
外海には、信仰が自由になってからも教会に復帰せず、
潜伏時代からの信仰を守り続ける方々がいるのですね。
Commented by likebirds at 2019-06-14 10:31
ゆーしょーさん。コメントありがとうございます。
枯松神社をどうして知ったのかは記憶があいまいです。NHKテレビで
天草・長崎地方の潜伏キリシタン関連遺産の特集を見てからあちこち調
べているうちに知ったのだと思います。
外海(そとめ)は文字通り外洋に面した海岸線で、山がすぐそこまで迫
った厳しい場所でした。台風の被害をもろに受けるのは容易に想像でき
ます。
外海の潜伏キリシタンの人々は表面上は神社や寺の氏子となっていて、
明治のキリスト教解禁後はカトリックに復帰する人と仏教に改宗する人、
潜伏時代の風習を続ける人に分かれたそうです。
枯松神社祭りはその人たちがみんな集まって執り行うそうです。(likebirds夫)
<< 九州旅行9日目 外海 出津集落... 九州旅行8日目 長崎 浦上天主... >>