平戸島はキリスト教関連遺産が沢山ありましたが、場所を見つけるのが大変でした。
見過ごしそうな横道の先だったり、茂った木立の向こうだったり、心配になるほど細い道の先だったり・・・
やっと見つけたときは本当に「ほっ」としました。
(likebirds妻)
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イギリス人旗本「三浦按針の墓」
三浦按針の墓が平戸にあることを今回の旅行で初めて知りました。三浦按針は徳川家康の外交顧問として
旗本の地位を与えられ、江戸に住み江戸で亡くなったものと思っていました。
大坂冬の陣で大阪城本丸に命中させて淀君の戦意を一気に削いだカルバリン砲も三浦按針を仲介させて
実際には三浦按針は故郷のイギリスへ帰りたくなったようです。家康の許可を得て息子に家督を譲って
イギリスへ向かう船に乗ったそうです。ところがその船上で船長と仲たがいをして平戸で船を下りちゃった
そうなんです。これも2度ビックリでした。その内、家康もなくなり、秀忠の時代になり不遇な晩年となった
今回の九州旅行ではあまりにも道が狭くて車を進めるべきか迷うことがとても多かったです。「カトリック
古江教会」もそのひとつでした。古江湾先端近くの小富士山の麓にあって、今でこそ軽自動車がやっと通れる
ほどの山道が続いていますが、江戸時代や明治時代は僻地の中の僻地で陸の孤島だったのではないでしょうか。
それだからこそ潜伏キリシタンの信仰が守られたのかもしれません。現在、この巡回教会を守っているのは数
世帯とのことです。そう思ってもう一度この教会を見渡すと周囲の整然感は感動モノでした。
「冨春園」という日本最初の茶畑があることも今回の旅行で知りました。車で走っていたら書付があったの
で止まってみました。ともすれば見逃してしまいそうなとても小さな茶畑が守られてきたことに驚きました。
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